高校での必修科目履修漏れ問題がマスコミで取り上げられています。自分のとき(80年代後半)は、1年のときが現代社会、2年が日本史、世界史、地理から1科目選択、3年のときが政治経済が必修で、文系志望は2年で履修した社会の科目を引き続き履修するという形でした。自分は文系だったのですが、理系の生徒が多い地理を選択しました。「高校を卒業したら歴史なんて何の役にも立たないだろう」という考えで日本史、世界史を選択しませんでした。ですから、文系でありながら歴史の知識は義務教育程度で止まっています。大学受験のときは受験できる学校が限られてしまいましたが、「この大学にとって地理の出来る生徒は要らないのだろう」と思い、特に不利だとは思いませんでした。高校時代で学んだ地理の知識が、実際に仕事にも役立っていますし、受験という枠にとらわれずに科目を選択したのは正解だったと思います。
大学受験のためかどうかはともかく、特定の科目を厚めにするのは個人的にはありなんじゃないかと思っています。自分みたいに義務教育程度の歴史の知識でもきちんと飯が食えているわけですから。必要最低限の知識は中学校で終わっているはずです。その上でまたなぜ普通科は中学校の延長のような「広く浅い」知識を得るようなカリキュラムなのか、そこから論議することが必要なのではないかと思います。「大学受験に必要かどうか」という近視眼的な考えで科目を履修するかどうか決めるのもどうかと思いますが、「普通科のカリキュラムの基準、科目の履修目的」というものを明確化する義務が文科省にはあるのではないかと思います。
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